重要文化財に指定されている菱田春草の「落葉」は自分の中で特別な思い入れがある作品。
東京の永青文庫が所蔵しているのは知っていましたが実物の作品とは縁がなく、眺めるのはいつも画集でだけ。
その作品が今回北陸新幹線の福井・敦賀開業記念の企画ということで、福井にやってきます。
春草の「落葉」は5点あるそうなんですが、今回全点が福井に集合ってことでファンにとっては夢のような展覧会なんです。
「福井県立美術館」へ向かいます
福井県立美術館は福井駅から約2.5km、宿泊していたドーミーインからでも2km以上あるようだったので歩くのはちょっとしんどい感じ。
最も便利な交通機関は美術館の前まで連れて行ってくれる路線バスですが、本数はかなり少なそう。
バスに乗れなかった場合は路面電車を利用し田原町駅で下車、その後徒歩約5分で美術館へ行くことができます。
小雨が舞う中、美術館に到着です。
「菱田春草」展 パンフレット
展覧会に入場です
『生誕150年記念 菱田春草展 不朽の名作「落葉」誕生秘話』
🔸福井県立美術館 🔹令和6年(2024) 9月15日〜11月4日
▪️菱田 春草(ひしだ しゅんそう) 明治7年(1874)ー明治44年(1911)
長野県伊那郡飯田町(現在の飯田市)出身。東京美術学校(現東京藝術大学)で学んだ後、東京美術学校の校長を辞任した岡倉天心と共に学校を去り、日本美術院の創設に参加。インドやアメリカ、ヨーロッパなどへの渡航も経験。1906年には茨城県の五浦(いずら)へ移り住み、横山大観・下村観山らと共に制作に励んだ。1908年病気の治療のため東京代々木に転居。代表作「落葉」は近所の雑木林がモチーフとされる。1911年36歳の若さで死去。作品4点が国の重要文化財指定。
会場に入りまず出会うのがこの作品。
258.8×170.8cmの大きな作品でインパクト抜群です。
薄暗い部屋の中、わずかな光を頼りに仰ぎ見る天女像は厳かな感じもあり本当に美しい。
画面の下3分の1が水たまり(池?)ってのも面白いですね。
2階に上がってすぐの部屋に展示された十数点の作品はこの「水鏡」を筆頭に素晴らしいものが多く、すでにテンションMAX状態です。
会場で撮影可能だった3点
今回の展覧会で撮影可能だったのは自館の所蔵作品である以下の3点だけ。
3点とも賛否あった朦朧体の作品ですね。
かなり暗い会場で撮影したもので、画集からスキャンした方がよっぽどキレイなんですけど、せっかく撮ったので載せておきます。
“温麗”というお題に沿って制作された作品。温かく麗かな光景ってことなんでしょうか。
花と鳥の組み合わせ、画面構成などありきたりな感じではありますが、
ツツジと鳩という取り合わせが面白いですね。
暗い会場の中で絵が発光しているような印象を受けたとても美しい作品。
作品タイトルの読み方は“かいへんちょうよう”。
なんだか難しそうな言葉ですが、海辺で見る朝日ってことでいいんでしょうか。
海の上の部分は空だと思いますが、下の部分は防波堤的なものでしょうか。
画面を横にぶった斬るこのシンプルかつ大胆な構図からは他の作家などもイメージされて興味深いですね。
この古めかしい階段を降りてすぐ左側にある部屋が次の会場。
「落葉」の直前に描かれた作品やスケッチなどが展示されていて、
その奥のスペースには「落葉」以降で亡くなるまでの期間に描かれた絵が展示されていました。
「落葉」を見る前に「落葉」以降の作品が出てきてしまい時系列がめちゃくちゃです。
でも、物は考えよう。
今回展覧会のメインはあくまでも「落葉」。他の作品を全部やっつけた上で満を持して「落葉」の部屋に突入っていうのも全然ありの気がしてきました。
この病院の通路のような薄暗い場所を抜けた先に「落葉」5点が展示された部屋があります。
本日のメイン「落葉」の部屋に入場です
春草の「落葉」というタイトルの作品は全部で5点あるんですが、その5点すべてが四角い大きな部屋の中に展示されています。
タイトルはすべて「落葉」で共通、制作年もすべて同じで明治42年(1909)です。
まずは5点を制作順に簡単に紹介です。
① 滋賀県立美術館蔵
② 個人蔵
③ 永青文庫蔵(熊本県立美術館寄託)
④ 茨城県近代美術館蔵
⑤ 福井県立美術館蔵
※ ①及び③〜⑤の画像は「生誕150年記念 菱田春草展 不朽の名作 落葉 誕生秘話」(福井県立美術館)2024より引用 ②は「別冊太陽 菱田春草 不熟の天才画家」(平凡社)より引用
それぞれの「落葉」について
① 滋賀県立美術館蔵 [二曲一隻]
5点の「落葉」のうち最も最初に描かれたとされる「落葉」で、二曲一隻と一番小さい作品でもあります。
画面の半分以上を木々の描写が占めており、密度はかなり高め。太く立派な木の多くが重なり合って描かれています。
② 個人蔵 [六曲一双]
わかりにくいですが画面の中には3つ、土の盛り上がった小さな丘のような地面が描かれています。
右隻で登場する若木は資料によると橡とのこと。“橡”はクヌギともトチノキとも読めるんですが葉の形状を見る限りトチノキのようです。このトチノキの葉がびっくりするくらいクリアな色で描かれていたのが印象的でした。
こちらの作品は一部彩色がされておらず未完。仕上げる前に気持ちが変わり、次の作品へと向かったみたいです。
③ 永青文庫蔵(熊本県立美術館寄託) [六曲一双] 重要文化財指定
洗練感あふれる美しい作品。画面には澄んだ空気が満ちていて、静かな時間・空間がどこまでも続いていくイメージ。
何十年か前に一目惚れした自分にとって特別な作品で、この作品を見ることが今回の福井旅行の一番の目的です。
淡い感じの色合いではあるんですが割とシャープな印象も受けますし、
木々が全体的にスリムで重なりも少なく描かれていることがこの作品の軽快でクリア、抜け感がある感じを作り出しているような気がします。
長年画集で見続けてきた作品ですが、やっぱり実物はいいですね。
④ 茨城県近代美術館蔵 [二曲一双]
コンパクトにまとまった作品ですが、永青文庫の作品で感じた魅力の多くはすり抜けてしまっている印象。
春草がこの作品を描いた目的は何だったんでしょう。
⑤ 福井県立美術館蔵 [六曲一双]
5点の中では一番最後に描かれた絵。永青文庫のものと同じ六曲一双ですが樹木の配置や色の使い方など永青文庫蔵の作品とはかなり違いがあります。何らかの想いを持って描かれたんでしょうが、シンメトリックな配置はやや単調に感じるし、若干ぼやけた印象もするのは気のせいでしょうか。空間の広がりも永青文庫の作品のようには感じません。
まとめ
モネやドガ、東山魁夷など好きな画家をあげていけばキリがありませんが、
作品単位でピンポイントに長年追い求め続けたのは鏑木清方「築地明石町」と菱田春草「落葉」(永青文庫蔵)の2点だけ。
ここ最近の数年はその両方に出会うことができた幸せな時間でした。
鏑木清方「築地明石町」については、“鏑木清方「築地明石町」 極私的鑑賞記”で書かせていただきました。
菱田春草「落葉」との最初の出会いがいつだったかはずいぶん昔の話でまったく憶えていませんが、
長年に渡り繰り返し想いを巡らせていたのは間違いありません。
多くの人にとっては何の変哲もないただの雑木林の絵に感じられるかもしれませんが、
この絵の素晴らしい点は洗練感。澄んだ空気や空間の広がりが描かれているように感じるのはなぜだろうかといつも考えます。もちろん、構図や色彩などすべてが影響しているのは間違いないんですが、自分としては木々の配置にどうしても目が行ってしまいます。
木の種類や本数、太さ、配置や重なり具合などなど。構図を考えるにあたっての選択肢は無限です。
モネが睡蓮を繰り返し描いたように、春草に雑木林の作品をもう少したくさん描くだけの時間があったとしたら・・・。そんなことを考えてしまいます。
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